2008-04-02

未踏の山

病気という、否、健康という山があるとします。寿命といったほうがいいかな。その頂上は見えません。また、山頂を極めた登山家・地元の猟師はありません。おそらく永遠にその頂は見ることも触れることもできないでしょう。それは生きとし生けるものにとって死が必然だからなのですが、これに挑もうとするのは仙人であれ科学者であれ自由です。しかしだからといって科学の力で死を克服できるということは、それがたとえ100年後、200年後といったとしても流言綺語の類といえるでしょう。

さて、この立ち籠める雲によって頂上の塞がれた山の肉眼で見ることのできる最大限の高み、これが現代医学のなかの最先端医療です。最上部にあたる雲の際は一進一退のせめぎ合いが日々行なわれていて、地元の猟師でそんな物好きは一人としていませんが、エリートの登山家、お金と名誉が目当ての冒険家を運がよければ麓から確認できるかもしれません。残念なことは今日より明日、明日よりあさってというように新しい一歩が拓かれることはもはやないようです。油断すると雲が火砕流のごとく登山者を呑みこんでしまうこともあります。

山の中腹あたり、ここは伝統医療の領域です。もちろん高さでは最先端医療どころか七合目、八合目にあたる通常医療にすら劣ります。が、その境界はハッキリしているわけではありません。ところによっては、七合目近くまで接近しているところもあります。山の中腹は植物が豊かに繁茂し、動物も多く棲息し、人の出入りも季節によってそれほど難しくありません。一年を通じて住み着くのは不可能ではありませんが修行を積んだごくごく少数の者に限られます。冬場に限ると人の踏み込むことのできる限界地点の高みよりも厳しく辛いところです。地元の猟師はこの中腹あたりを主な生活の場としています。貴重な動植物が息づき、水や空気が清らかで、それほど人が足を踏み入れない(通過する登山者は多いようです)ので山の恵みのいちばん豊富なところでもあります。

中腹から麓にかけての緩やかに広がる裾野は、個人でできる健康法の世界です。サプリメントや玄米正食、ジョギング、ウォーキング、ダイエット、健康器具、ストレス対処法、禁酒禁煙やタバコの煙とか排気ガス、中国製冷凍餃子などに注意しましょうとか、個々それぞれのおかれている状況次第でお気軽にキャンプやレジャー気分で楽しめる領域です。気軽に行けるので怪しい人たちが怪しい目的で出入りしていても不思議ではありません。もちろんこの怪しい人たちにスキルがあれば可能な限り上へ登ることもできます。ここではふつうに生活ができます。家も建ちますし、規模の大きい街が鉄道や道路ともども形成され、そんなところでは自然を楽しむどころではなく、環境破壊が深刻だつたりします。麓近くでは健康どころか積極的に病気を生み出したりしているところもあるようです。ここが日常の生活の場である以上当り前といえますが。

都市に住む人々は、病気に罹つて自分で対処できないと感じたら自らの足で山に入ります。それぞれの必要に応じて。歩けないほど衰弱していたり、一刻を争う場合はヘリでひとっ飛び。それぞれがそれぞれの文脈で必要なところへおもむけばいいわけですから、高いとか低いとか、狭いとか広いとか、急だとか緩だとかで優劣つけられるものではありません。

代替療法は、利用者の側から見て決して通常医療と二ツ山が高さを競っているものではないのです。(あくまでも利用者視点ですぞ)

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